承安5(1175)年に浄土宗の祖・法然上人がはじめて営んだ草庵が始まりとする浄土宗最初の寺院で、「くろ谷さん」の通称で親しまれています。本尊は恵心僧都最終の作である阿弥陀如来像。

 

文久2(1862)年12月に約1,000名の会津藩兵を率いて上洛した京都守護職・会津藩主松平容保公は、ここ黒谷の地を本陣としました。

文久3年3月には、壬生浪士組(のちの新選組)局長の近藤勇らが容保公に拝謁し、上覧稽古を披露したことが記録に残っています。

境内には「謁見の間」が再現されているほか、文久2年~慶応3(1867)年の間に亡くなった237霊と、鳥羽伏見の戦いの戦死者115霊を祀る「會津藩殉難者墓地」があります。

【 住 所 】   京都市左京区黒谷町121(京都市バス「岡崎道」下車、徒歩約10分)

【電話番号】  075-771-2204

金戒光明寺 公式ホームページ



【京都守護職本陣に選ばれた理由】

一、 城構えである

徳川家康は幕府を盤石なものにするため、特に京都には力を注いだ。

直轄地として二条城を作り所司代を置き、何かある時には軍隊が配置できるように黒谷と知恩院をそれとわからないように城構えとしているのである。

黒谷に大軍が一度に入ってこられないように南には小門しかなく、西側には立派な高麗門が城門のように建てられた。

小高い岡になっている黒谷は自然の要塞になっており、特に西からやってくる敵に対しては淀川のあたりまで見渡せ、古地図によると大坂城まで見えたという。


二、 要所に近い

御所まで約2㎞、粟田口(三条大橋東)東海道の発着点までは1.5㎞のくだり、馬で走れば約5分、人でも急げば15分で到着できる要衝の地であった。


三、 千名が駐屯できる

約4万坪の大きな寺域により、1,000名の軍隊が駐屯できた。 

本陣といっても、戦国時代の野戦とは違い野宿ではなく、きちんとした宿舎が必要であった。

金戒光明寺には大小52の宿坊があり、駐屯の為に大方丈及び宿坊25ヶ寺を寄宿のため明け渡したという文書が残されている。

 

【画像出典:都名所図会 巻之三 左青龍再刻】



【主な年間行事】

写 経 会

毎月25日前後

僧侶と共にお勤めを行い、仏様を拝み供養する中で写経をします。初めての方でもお気軽に御参加いただけます。


くろ谷 子ども食堂

毎月1回

職員有志が結成した「こころばかりの会」が社会貢献活動として主催しているもの。料理好きな僧侶が境内の厨房で腕を振るいます。

 

 

定員制、予約が必要です。参加申し込みや詳細はこちらからご覧ください。


御 忌 大 会

4月22日~25日

宗祖法然上人の遺徳を偲ぶ法要。弟子の勢観房源智上人に与えられた真筆御遺訓「一枚起請文」を23・24日の日中法要で一般内拝できます。


2024年 秋の特別拝観(日中拝観)

11月15日(金)~12月8日(日) 

拝観時間 10:00~16:30 (最終入場 16:00)

 

普段非公開の大方丈と紅葉に彩られた回遊式庭園「紫雲の庭」、山門を公開。

大方丈では「虎の間」などをご覧いただけ、山門からの眺望は絶景です。

2023年よりガイド付きの幕末・会津藩・新選組ウォーキングツアーを開催。

近藤勇・土方歳三が足を踏み入れた謁見の間に入場できるのは、このツアーの醍醐味です。


2024年 秋の特別拝観(夜間拝観)

11月15日(金)~12月8日(日) 

拝観時間 17:30~20:30 (最終入場 20:00)

 

京都を一望できる高台に位置し、特に秋の日没直前は京都の町や山々が赤く染まった幻想的な光景をお楽しみいただくことができます。

夕刻から御影堂や山門・鐘楼や参道など境内をライトアップいたします。

紅葉が美しいライトアップされた「紫雲の庭」の水面に映る逆さ紅葉は必見。

重要文化財「吉備観音」像や「文殊菩薩」像が安置されている御影堂では、毎夜3回邦楽の生演奏を開催。お箏や篠笛など、日本古来の音色をお楽しみください。



除夜の鐘

12月31日

例年は23時から整理券が配布され、一般も参加できます。(2023年は非公開)